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電撃文庫:ミナミノミナミノ/秋山瑞人

ミナミノミナミノ
(あらすじ)
「ものすごく環境のいいところだから勉強をするにはもってこいだ」 そんな誘い文句に騙されて夏休みをとある小さな島で過ごすことになった武田正時……が来て早々、どうもこの島はとてつもなく奇妙なところがある!と気づかされることになり、一方で「友達になってくれないか」と頼まれた相手は不思議な感じの、だがとてもかわいい子で―――。

answer.――― 69 点

『イリヤの空 UFOの夏』の焼き直し、本作のレヴューはこの一言で事足りる。すべての作家並びに作家志望、そして、多くの読み手に対して伝えたいことは《作家は万能ではない》ということだ。どんな文章技巧を修めようとも、その事実は決して変わらない。多くの作家は自身のことを把握しないままに筆を執り、奔らせる。それで成功を収めれば自我は肥大化し、万能感に酔いしれ、いつしか堕ち、潔く朽ちもせずに「居座る」。挫折を重ねれば筆は迷い、乱れ、眼は濁り、やがては他者に縋り、ついには「砕ける」。作家を志したその時、何よりも優先して取り掛からねばならないことは《自身を知ること》に他ならない。自分がどういう作家で、どんな筆なのか―――それを把握することに努めることが、語彙を増やすことよりも、文章技巧を修めることよりも、まず重要なのだ。「巧くなる」ことはその後でも十分間に合う。『イリヤの空 UFOの夏』の発表以来、未だライトノベル界のJOKERであり続ける秋山瑞人、その遅筆を嘆く者は後を絶たない。早く(続刊を)書いてくれ、と誰もが願っている。しかし、それは酷というものだ。彼は書かないのではない、―――「書けない」のだ。彼は己の内に物語をひとつしか持たない作家であり、それに気づいてしまったが故に、続刊を書くことを拒んでいる。物語がひとつしかないということは、正解がひとつしかないということと同義だ。何度推敲しようとも、同じ「答え(形)」に辿り着く。本作末にて続刊を告げながら未だ音沙汰がないのも、直後のあとがきにて記されている『イリヤ』っぽい話をもう一度……という痛々しい制作背景を知れば、自ずと腑に落ちる。物語をひとつしか持たない作家の苦しみは、物語をひとつしか持たない作家にしか分からない。イリヤっぽいモノを創っていたはずだったのに、イリヤになっていく恐怖。まして己の文章に絶対の矜持を持っているだろう男が、自作のコピーを「知らず」行っていたことを悟ったとき、尋常ならざる苦痛がその筆を止めたことは想像に難くない。筆力とストーリーメイクはまったく別の才能だ。筆力とは物語の飾りであり、作中の停滞(退屈)を紛らわす、誤魔化すための技巧に過ぎない。如何に文章技巧を修めたところで、己の内に与えられた物語を増やすことにはならないのだ。秋山瑞人にとって初のオリジナル作品だった『猫の地球儀』は、果たして本当にオリジナルだっただろうか?原作付きだった『鉄コミュニケーション』と何が違うのか?秋山瑞人には、「違う」物語を創るための原作者が必要なのだ。秋山瑞人だけではない、「場面」から物語を創る乙一も、「ええじゃないか」しか出来ない森見登美彦も、天賦に任せて一構成しか修得せず勝負を賭けて「砕けた」片山憲太郎、その他、数多の作家たちは自分を知らず、筆を執り、ある日、唐突に自分を知り、―――筆が止まる。《作家は万能ではない》のだ。……なんてほとんど「作家」考なレヴューになってしまったので止めるが、これは「どういう作家」、ストーリーメイクからの切り口で、作家のもう一つの要素「どんな筆」については触れていません。本作で「筆」について触れるなら、やはり「宴会」場面の描写を取り上げざるを得ないでしょう。秋山瑞人は自分の筆に関してはよく知っている。ビール瓶を蹴らしたのは唸らせられたワ。そんなこんなで、プロもワナビも自分の筆についても理解してないとあかんで?「作家」を志すならな!ではでは、いつ出るやもしれぬ、苦心の『イリヤの空 UFOの夏』の姉妹作♪な本作の続刊を待ちましょう!

電撃文庫:ミナミノミナミノ/秋山瑞人 (2005)

category: あ行の作家

tag: OPEN 60点 秋山瑞人

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電撃文庫:イリヤの空、UFOの夏/秋山瑞人

イリヤの空
1.その1
2.その2
3.その3
4.その4

answer.――― 92 点

ナマクラ!Reviewsを定期的に訪問して頂いている方はもうお察しのことでしょうが、……私はライトノベルが嫌いだ。それは主に読者の可能性を閉ざすことに起因する。本来なら文学、古典に流れるはずの層に、Showbizに根ざした「オモシロイ/ツマラナイ」のみの二元的価値基準を植え付け、<興味深い>という<面白い>の亜種とも云える感性の発芽を阻害する。つまらないけど、面白い―――転じて、興味深い。これがエンターテイメントの発達著しい現代における「文学」の正しい位置のハズだが、文学を読んで<興味深い>とならず「ツマラナイ」と切って捨てるのは、ライトノベルを含めた現代Showbizの汚染の結果である。しかし、年齢を重ねれば「オモシロイ/ツマラナイ」だけで世の中が廻らないことに気づくのも事実。それでも、そろそろ古典、文学に―――とならず、あくまでライトノベルに拘る理由は何なのか?それは、奈須きのこ乙一西尾維新……ライトノベル界の三大犯罪者。並びに本作の著者、ライトノベル界の“JOKER”こと秋山瑞人の存在故である。文学とは、文章の機微……程度に思う人にとって、彼らは各々の持つその尖鋭的な表現力、構成力、実験性を以って、神に弓引き、打ち勝ちさえする巨人だった。中でも、秋山瑞人―――文章力という観点において、彼が<ベスト>だ。ライトノベルというフォーマットで、本作以上の筆力で書かれた作品を私は読んだことがない。いや、大衆小説を含めても、だ。ファンのなかには前作『猫の地球儀』を著者の代表作に挙げる輩もいるが、馬鹿を言っちゃいけない。本作は著者自身が間違いなく「代表作」として仕上げに来ている。ROLLする言葉が絨毯爆撃のように頁を埋め、「This is the light novel! This is the new literature! ……Fuck? Hahaha!」と嘲笑うかのように読者を始めとした、関係者を屈服させる圧倒的筆力。頁を開けば、そこには夏があった。学園祭があった。―――ビビりの主人公が、掃射銃ぶっ放しながら告白していた!重箱の隅をつつけば、類を見ない、百花繚乱のフレーズが弾幕となって誤魔化されるが、本作、オリジナリティは無いかもしれない。それぞれの印象的な場面は(アレンジこそされているが)既視感がつきまとい、安易なオマージュにも映る。だが、誠に残念ながら、ここまでキャッチー且つ技巧的な文体で綴られると、「……面白ぇよ」としかつぶやけない。カッタ―を首に当てて、延々と躊躇する思考の描写になれば、当たり前のように書き口を変更。……何様のつもりだ、畜生め!!とワナビーはおろか、ライトノベルを低俗と蔑む文学至上主義者は頭を掻き毟るだろう。普遍性はないかもしれない、しかし仮に一過性のものだとしても、「現代」最高峰の文体がここにある。そんな文章、または、まぶしいくらいの夏を体験したい方はどうぞ。全4巻、合わせてのレヴューです。

電撃文庫:イリヤの空、UFOの夏/秋山瑞人 (2001~2003)

category: あ行の作家

tag: OPEN 90点 秋山瑞人

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電撃文庫:猫の地球儀/秋山瑞人

猫の地球儀
1.焔の章
2.幽の章

answer.――― 76 点

国宝『鳥獣人物戯画』に代表されるように、登場人物の擬人化は古来よりそれだけで楽しませる術として知られる。一般文芸に引け目を感じるライトノベラーにとっての切り札、まさにJOKER的存在とも云える秋山瑞人。本作は彼の初のオリジナル作品であり、タイトルからも察せられる通り、猫の世界を舞台にした物語。猫、ライトノベラーにとってこの<記号>は三度の飯と並ぶ大好物。それは、ファンと自称する者が総じて「本作こそ秋山瑞人の本当の代表作……!」と鼻息荒くするところからも証明出来るだろう。そう、本作の(オ)カルト的支持の源泉は、登場人物が「猫」であることに他ならない。「犬」でも、「鳥」でもダメなのだ―――「猫」でなくては。しかし、仮に「猫」以外の地球儀であったとしても、本作は一作品として○をつけられる出来ではある。巷のSF作品と比しても遜色ない作り込んだ世界観、舞台設定はライトノベルとしては異例の、第32回星雲賞の最終候補作にノミネート(このあたりもまた、秋山瑞人が崇拝される理由のひとつだ)。そんな評価を受ける設定を無視しても、2巻の終盤、時間軸をズラして演出される悲劇の書き口は妙がある。特筆すべき点としては、人が猫に抱く<孤独>のイメージを完遂させたことを挙げておきたい。本作の主要登場人物たちは、すべて<独り>になる。本作のテーマらしい「夢の実現には時として犠牲が伴う(Wikipedia参照)」というさもありなんなものよりも、「猫の世界(地球儀)に群れは存在しないのです」と言いたいかのような著者の演出に個人的に何よりもセンスを感じました。全2巻、合わせてのレヴューです。

電撃文庫:猫の地球儀/秋山瑞人 (2000)

category: あ行の作家

tag: OPEN 70点 秋山瑞人

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電撃文庫:鉄コミュニケイション/秋山瑞人

鉄コミュニケイション
1.ハルカとイーヴァ
2.チェスゲーム

answer.――― 76 点

未だ続刊(というか、完結)を熱く望まれる『E.G.コンバット』の次作にして、著者にとって初めての完結シリーズとなった本作は、現在に続く秋山瑞人イズム溢れる一作……と言っても、原作のクレジットがあるように、本当のオリジナル作品は次作『猫の地球儀』まで待たなければならない。それを踏まえて言うならば、本作はその『猫の地球儀』を描くための試作品、兄弟作と云える内容。ストーリーラインは文明崩壊後の地球を舞台に、人類最後の生き残り(?)の少女ハルカが気のいいロボットたちと暮らす平穏な日々に突然現れた新しい仲間、漂い始めた不穏な空気、そうして、数奇な巡り合わせが事件を起こす―――といったもの。序盤は「終末」という世界観に頼った遅々とした展開で、これぞ秋山瑞人!と唸る文章も少なく、間延びした退屈ささえ覚える。それでも、ハルカと瓜二つな顔を持つイーヴァが合流し、実質的な主役となって堕ちていく様はスロウな序盤を帳消す圧巻の一言。思春期に読めば、イーヴァの心打たれる醜い行動、醜い感情に、大人への階段をひとつと言わず、ふたつ、みっつと上げてくれるはずだ。本作における秋山瑞人の表現技巧は戦闘描写に見られる程度で、後の傑作『イリヤの空 UFOの夏』のような凄味は無いが、読み手に一つの感情をひたすらクローズアップさせていく演出は他作家も見習うべきところだろう。ややご都合な巡り合わせによる内ゲバなため、伏線が出揃ってくると、感心するよりもフッ……と素に戻ってしまう難こそあれ、ライトノベルというフォーマットの許すかぎりのビター・ハッピー&マイルド・バッドな秀作。付け足しのエンディングは時を遡っての一幕。これがあるから本作が記憶に残るのを付け加えておく。全2巻、合わせてのレヴューです。

電撃文庫:鉄コミュニケイション/秋山瑞人 (1998~1999)

category: あ行の作家

tag: OPEN 70点 秋山瑞人

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